HSPあるあるで仕事について触れられていることが多いのですが、これはHS気質に限らず、すべての人に言えることで、同じようなお悩みを抱えている方も多いはずです。
困っている人が見過ごせない、少しでも人の役に立ちたいという気持ちから、必要以上に仕事を引き受けてしまう方いませんか?
仕事を引き受けたときは夢中で、頑張れているのに、しばらくすると、急に電池が切れたように動けなくなったり、体調不良で仕事ができなくなったりというのを繰り返してしまう、ストレスに弱いのか?頑張る方向が間違っているのかな?仕事に向かないのかな?などのお悩みです。
体調不良+仕事が過酷=体調不良とストレスはUPする
私は普段から健康とは言えない体で仕事をしていましたが、この仕事をやっておけば、あとが楽とか、滞りなく業務がいくなどを考え、就業時間の1時間前からまたは休憩時間などを使って、先回りして仕事をしていました。
仕事をしているときは夢中ですが、しばらくすると、体調はもっと悪くなり1年もたずに離職せざるを得ない状態に陥りました。そして体調が回復するまでに時間がかかり再就職するのが難しく、その間はアルバイト、その繰り返しで、最長で勤められたのは3年、それ以外は1年から1年半で離職していました。
退職の理由は自己都合でしたが、体が悲鳴をあげていて、出社できないというのが本当のところだったと思います。HSPはストレス耐性が低いと言われることも多いですが、体調不良がない人とある人とでは、普段の生活においても仕事においても、継続することの耐性であったり、ストレスの感じ方も違うはずです。
私は普段から、下記のような症状に悩まされていました。
不眠、頭痛、眩暈、耳鳴り、頭がぼーっとする、朝起きられない、ダルイ、慢性的な疲労、肩こり、関節痛(足に力が入らない)、足の裏が痛い、生理痛、腹痛…多すぎるので、省略しますが、それに加えて、仕事量が増え、ストレスが溜まると、
- 感情の起伏が大きくなり、イライラする
- (映画を見ると号泣だし、涙腺は弱いほうですが)訳も分からずに、急に涙がでる
- 独り言が増える
- 人との関わりが億劫に感じる
- 一人反省会がとまらず、より神経過敏になる
- 過去の嫌やな記憶を何度も思い出す
- 異常なくらいの不安感が増す
- 休みの日は何もせずにひたすらぼーっと過ごす
普段からそういうサインがでていることが多いので、これらが限界サインと呼べるのかは分かりませんが、「もうダメだ…限界」と感じるときは普段以上に、そのサインは増えていたように思います。さらにもっと進むと、自分に起きたことが、他人事のように思えたり、自分がいる空間が分からない、ちょっと不思議な感覚だったと思います。
体が限界だったので、退職したことには後悔はないのに、再就職するときは、1年から1年半ですぐやめるような私を雇うような会社はないと、自己嫌悪に陥り、働かせてくれるところならどこでもいいやという投げやりな気持ちになりました。
20代で5回転職し、30歳から5年、完全に働けない期間があった私でも今、自分に合う仕事と職場に出会い、無理のない働き方ができています。そして20代のときに選んだ職場が自分に何故合わなかったのか?分かるようになりました。
かなり恥ずかしいですが、私の暗黒史?と言える職務歴について簡単にお話しします。
HS気質の私が最適な職場に出会えるまでの職務歴
私は短大を卒業したときは、ちょうど就職氷河期で、優秀な人でもいい会社に就職できない、そんな時代でした。私はというと体調が悪く、卒業できるのがやっとという感じだったので、優秀な成績でないことにも加えて、就職活動をできほど体調が良くない&体力がないこともあり、面接だけで決まるところばかりを応募していました。
それで決めたのが市場にある仲卸会社でした。普通に考えても、体調が悪く体力に自信がない人が選ぶような仕事ではなかったですが、若かった私は、どうせ寝られていないのなら、早朝3時に出社しても支障はないし、お昼くらいまでに終われば、時間に余裕があるし、仕事に慣れてきたら、夢中になれるものを見つけて、学校に行けたらいいなぁくらいに思ってました。
何よりも、通勤ラッシュにも巻き込まれずに生活できれば、かなり体力的にも余裕がうまれるのではないかと考えました。でも実際は、私の考えは甘く、12時に終わることはなく、就業開始してから12時間過ぎても終わらない15~16時間の長時間労働に加え、休憩時間もほぼない、トイレも走って行かないといけないという環境でした。そしてそういうなかで働いていた職場の環境は、ストレスも強く、イライラしてタバコも1日に何箱も吸う男性、怒鳴る人が多く、緊迫した空気に耐えながらの仕事は過酷を極まるものでした。
私はその会社に決めた理由は先に話したことが理由ですが、面接に行ったときに、働いていた方が、「この会社すごく勤めやすくてすごくいいよ!」という一言を信じて、その会社に決めたわけですが、入社してすぐに知ったのは、人手が足りず、2~3ヶ月で辞めてしまう人が多いために、面接で来る人たちにそう言っていたんだということでした。その一言を言った先輩も私が入った数か月後には辞めてました(笑)
人手が大幅に足りないうえに、長時間労働、労働環境も悪い、給与は見合う金額だったか?というとそうでもないけれど、今考えてみると、賞与や昇給、福利厚生などはすごく充実していたように思います。だから、先輩が言った一言も視点を変えれば間違いではなかったと思います。
でも若かった私は、自分が勤めにくいと思っている会社に、面談で来る若い人たち?自分と同世代の人たちに、「ここは働きやすい職場ですか?」と聞かれると、同じ苦労をさせるのは嫌やだなと思う気持ちと、勤めやすいとは全く思っていなかったので、嘘がつけず、「あまりいい職場ではない」と言ってしまっていました。
新しい人が入らないのは、自分が言った一言が原因になっていることは分かっていても、そのときも今も、うまい言い方が見つからないです。新卒で入った会社は1年半で退職しました。
次は自宅周辺で簡単な事務作業がいいなと思いました。それでたまたま、公共施設の受付の仕事を見つけ応募したら、すぐに採用されました。給与はすごく低かったですが、仕事が見合っていればよく、何よりも働いている方が長く勤めていらしたので、安定しているように思いました。同僚の方々もとてもいい方たちで、働きやすい環境ではありました。
ただ公共施設は電話でも窓口でも、怒鳴り散らす人の対応は決して楽ではなく、鳴り響く電話の嵐、1日に数十件の電話対応、常時、電話のコール音がずっと鳴り響くような感覚がして、耳鳴りがするようになりました。
体に受ける影響を考えても、給与に見合った仕事とは言い難いもので、入社して1ヶ月も経たないうちに、私は辞めたいと申し出ました。それは困ると人事の人から言われ、最低でも1年働いてもらわないと困る、色々な理由を述べられ、結局、1年以上先伸ばされました。そういう行為が違反であることは、そのときは全く知りませんでした。
因みに私のあと入社した一人は、1ヶ月で音信不通の出社拒否、ある日突然来なくなってそのまま辞めたそうです。勤めていた元同僚の方が教えて下さいました。「大人なんだから、前もって言うもんじゃない?」と不満?をこぼしていました。
でもその方は、私のときと同じように、渋られ、辞めさせてもらえなかった、それで出来たのは電話にでない、出社拒否以外はなかったんだと思いました。私もそうすればよかったのかな…?と思ったこともありますが、同僚の方々に迷惑をかけるようなことはしたくなかったのです。
転職と転職の間に、派遣、アルバイトなども経験し、次に決めた仕事は絶対に長く働きたい、そんなふうに思ってました。このあと3つ、職業経験があるわけですが、長くなるのでここでは省略します。
HS気質が強い私が30代後半に見つけた心地よさ
30歳になるちょっと前、家族が病気になったのを機に、介護をするという理由で辞めました。そのときも、体は限界状態だったので、正直に言うと、辞めるきっかけができてラッキーくらいに思ってました。
筋ジストロフィー症の身内が2人いて、さらに具合が悪い家族が一人増え、家事、介護をしながら、アルバイトをするのは難しく、30代前半は完全に働いていないのでニートでした。
同じところに長く働くことは出来なかったけれど、20代はずっと働いていたので預貯金は少しあり、そのお金で、大学の通信教育課程に入学し勉強をしていました。家事、介護の合間に勉強をするので、それはそれで大変でした。だから完全なニートではなく、正しくは主婦兼学生と言ったほうが合っているのかもしれません。
呼び方で迷うのにも理由があって、30代前半のある日、車を運転しているときに、停車線よりも前で車を止めたいう理由で、見張っていた警察官に違反切符を切られました。そのときに、職業欄に「学生」と書いたら、「本当に学生なんですか?」年齢を考えても学生はおかしいと何度も聴かれました。仕方なく、大学の学生証を提示しましたが、通信課程の学生と分かると、普段は何をしているのか?聴かれ、本当に困りました。
その一件もそうでしたが、そのあとこんなこともありました。
体力をつけるためにスポーツジムに入会しようと、フィットネスジムでの手続きをした際にも同じことがあり、職業欄に「学生」と書いたところ、30歳を超えた通信課程の学生は学生にはならないようで、最終的に「家事手伝い」と書くように指示されました。不満はありましたが、時間がなかったので、指示されたようにしましたが、居心地が悪くすぐに退会しました。
年齢で学生ではなくなったり、通信課程は学生でない扱いになったり、結婚していない人が主婦と名乗ると家事手伝いになったりすることは、個人の偏見や考え方の違いで、職業名の付け方に定義がないので、仕方がないことかもしれません。
そのときの私が思ったのは、30歳過ぎて、会社に所属して仕事をしていなかったら、「ニート」または「引きこもり」と名乗ったほうが誇らしく、そう名乗るほうが、問題がなかったような気がしました。
30代後半になってようやく気付いたこと
30代後半になって自宅近くの会社に再就職した私は、次のことに気付きました。
- 通勤のために毎朝、満員電車に乗るのは合っていない
→往復で2~4時間、人身事故が起きるとその倍かかる。それだけの時間があったら、家で休んでいたほうがいい
- 忙しくて目まぐるしい仕事は合っていない
→数か月に一人は辞めるような職場は、HSPとか関係なく働きにくい劣悪環境
- タバコの匂いが充満し、怒鳴ったり、イライラしたりする人が多い職場は合っていない
→その環境でも何とも思わない人も多いけれど、匂いや音、人の喜怒哀楽に敏感なHS気質にとっては全く合っていない
- 従来の日本の働き方は私には合っていない
私は上記3つだけで考えても、自分の体質や気質では続けられない要因で、合っていないので、新卒で入った会社も、そのあと転職した会社すべてが、最初から合っていなかったと思いました。
「何か譲歩しないと、そんないい職場あるわけないでしょ?」と思う方もいるかもしれませんが、私が今、お世話になっている会社では、経理の仕事をしています。未経験で簿記の資格も一切持っていないのに、雇ってもらえました。自宅から車で15分程度のところにあり、通勤ラッシュに巻き込まれることなく、出社できます。
タバコを吸っている人はいても、喫煙コーナーで吸っているので、タバコの匂いが部屋に充満することもありません。急に怒鳴ったり、急きたてるような人もいません。
そして社長から言われた話が、私の今までの仕事観や固定観念を変えるものでした。
「うち給与低いから、金額に見合う分だけ働いて。それ以上は払えないから、必要以上の仕事はしないで。空いている時間は勉強するなり、副業するなり、好きにしていいよ。勉強したことを活かして、仕事を効率化して間違いなく出来るようになれば、もっと時間ができるしね。もし資格を取りたいときは、お金だしてあげるから勉強しなさい」
社長の人柄が、働きやすい職場を作り出しているんだと思います。社長に出会えていなかったら、私の仕事観や人生観?固定観念は変わらなかったでしょうね。
- 20代までの仕事観その1「頑張って働けば、働きやすくなる」
- →現在の仕事観 「給与に見合う分だけの仕事量でいい」
- 20代までの人生観その1「給与や賞与が上がれば、好きなことができる」
- →現在の人生観 「疲れすぎたら何もできない」
体調が整い疲れない、時間が出来たら、給与とは関係なく、好きなことを見つけ、できるようになりました。
もちろん今の会社でも、長く働いている人がいる一方で、思っていたのと違うという理由で辞める人はいます。働きやすさは人それぞれですが、HSの気質が強く、20代で5回転職し、30代前半はニート、30代後半でようやく、長く働きたいと思える職場に出会えたのは、体調がよくなり健康になったこと、社長の考え方を取り入れたことが、大きかったと思います。
考え方はみんな違うので、働きやすさを模索し、自分に合う心地いいと思える環境はどういうところなのか?言語化できると、自分の取り扱いが方が分かるようになります。